東京教育大学

東京教育大学 東京教育大学の生成・発展・消滅(東京教育大学新聞会OB会提供) Cf. http://www.facebook.com/pages/Tokyo-University-of-Education/161238940646261

東京教育大学は1978年3月31日閉学し、現存しない。一般に、東京教育大学が筑波に移転して筑波大学になったとみなされることが多いが、筑波大学は東京教育大学の教授陣のおよそ半数を放逐し、新たな大学として新設されたものであり、「移転」というのは適切な表現とは言えない。
For non-Japanese people,English version is available here.Please visit.

20/11/2025

11月16日、およそ60年前の文学部学生自治会関係者の懇親会が荻窪の杉並会館で開催された。関係者の発行していた同人誌「置文」の創刊25周年を記念して開かれたもので、何と27人も参加した。会場は公共施設で、会費はわずか2000円。当時の文学部学生自治会委員長や筑波闘争の際に設置された文学部自治会闘争委員会(略称文自闘)の書記長も出席していた。文自闘書記長は、会場には車いすで現れたので驚いた。最近までの、多くの他界された方々に対しての献杯で始まり、なつかしい昔話に花が咲いた。

1963年度後期文学部学生自治会副委員長の飯田正孝氏にインタビューした記事があった。
22/07/2024

1963年度後期文学部学生自治会副委員長の飯田正孝氏にインタビューした記事があった。

 飯田正孝氏は1944年に愛媛県松山市で生まれたが、実家のあった長野県諏訪で育つ。諏訪清陵高校を卒業後、一浪して東京教育大学への入学を果たす。大学では自治会や平和活動に加わる。1968年に信濃毎日新聞社に入社。....

26/06/2024

いささか旧聞となりますが、1965年度後期文学部学生自治会委員長を務められた中島束さんが2021年3月に亡くなられたとの連絡がありましたので、お知らせします。

東京教育大学新聞会OB会は、1974年5月31日に設立されたので、2024年5月31日で、設立50周年となった。
06/06/2024

東京教育大学新聞会OB会は、1974年5月31日に設立されたので、2024年5月31日で、設立50周年となった。

東京教育大学新聞縮刷版刊行会刊(1978年3月1日初版刊行) A4版1058ページ、上製函入、特価10,000円(税込・送料サービス) 販売元 あずさ書店  〒160-0023 東京都新宿区西新宿8-10-8  電話 03-5389-0435  郵便振替 00160-7-26689 .....

管理しているサイトの掲示板から、2月7日夜、突然広告表示が消えた。ここの広告にはフェイクアラートにリンクする詐欺広告が多くて閉口していたから、広告が消えて良かったとは言えるが、掲示板提供業者側からすれば広告収入がなくなるわけで、これからどう...
09/02/2024

管理しているサイトの掲示板から、2月7日夜、突然広告表示が消えた。ここの広告にはフェイクアラートにリンクする詐欺広告が多くて閉口していたから、広告が消えて良かったとは言えるが、掲示板提供業者側からすれば広告収入がなくなるわけで、これからどうするつもりなのか分からない。

2月7日夜になり、突然この掲示板から広告が消えたのでお知らせします。広告は去年の4月5日から出るようになったもので、それ以前はありませんでした。それらはGoogleの提供する広告であり("Ads by Google"と表示されていた.....

最近、真木和泉著「小説 私の東京教育大学」(9月22日初版、本の泉社)という本が出版され、同窓生の間で話題になっている。著者は宮崎県立宮崎大宮高を出て1966年に漢文学専攻に入学した巻和泉という人(著者名の「真木」は筆名)。内容は、1966...
29/11/2021

最近、真木和泉著「小説 私の東京教育大学」(9月22日初版、本の泉社)という本が出版され、同窓生の間で話題になっている。
著者は宮崎県立宮崎大宮高を出て1966年に漢文学専攻に入学した巻和泉という人(著者名の「真木」は筆名)。
内容は、1966年に大学に入学した主人公(著者本人だが和田俊之という別名になっている)の桐花寮への入寮(ただし2年で退寮)から筑波闘争の敗北までを描いたもので、タイトルは「小説」となっているが、小説というよりは回想録に近く、著者の立場上、全学闘の運動は否定的に評価されている。登場人物の名前にはおおむね仮名が使われているが、沖縄から来た赤嶺君(現・衆院議員)のように実名が使われている場合もある。

東京教育大学は1960年代末~70年代初頭の学園紛争で唯一、歴史を閉じた大学である。本書解説で安藤信廣氏(東京女子大学名誉教授)はこう述べる、「教育大闘争は、複雑な課題を背負った闘いだった。それは何よりまず、...

23/03/2021

Webサイト「東京教育大学新聞会OB会」内に、従来存在していたスライドショーのページ「想い出の東京教育大学」の英語版を開設したのでお知らせします。

昨6月2日、湯島聖堂へ行った。その際、1890年ころに撮影された東京高等師範学校の全景が含まれる写真があったので、その写真を撮影して来た。この写真の左端が東京高師、中央が東京女子高師、右側の森が湯島聖堂で右端の屋根が湯島聖堂「大成殿」だとの...
03/06/2019

昨6月2日、湯島聖堂へ行った。その際、1890年ころに撮影された東京高等師範学校の全景が含まれる写真があったので、その写真を撮影して来た。
この写真の左端が東京高師、中央が東京女子高師、右側の森が湯島聖堂で右端の屋根が湯島聖堂「大成殿」だとのこと。
この写真は、ニコライ堂建設期間中(1884~1891年=明治17~24年)に、工事のために架設された足場を利用して撮影された360度のパノラマ写真の一部分だという。そのため、写真には接合部分があり、湯島聖堂と女子高師はカメラ位置の正面に近いが、高師は正面からはずれている。
大河ドラマ『いだてん』は低視聴率にあえぐが、『いだてん』時代には、東京高師の校舎はすでに大塚に移転しているが、寄宿舎はお茶の水だと説明されている。この左端の建物群が寄宿舎だったのだろうか。

「東京教育大学新聞会OB会のページ」内の「東京教育大学名誉教授一覧」というページに「東京教育大学教授陣の消息」欄を追加しました。生没年を記載しているだけですが、すでに大半の方が他界されています。謹んでご冥福をお祈りします。なお、完全なものと...
29/01/2019

「東京教育大学新聞会OB会のページ」内の「東京教育大学名誉教授一覧」というページに「東京教育大学教授陣の消息」欄を追加しました。生没年を記載しているだけですが、すでに大半の方が他界されています。謹んでご冥福をお祈りします。なお、完全なものとは言えないので、記載漏れがある場合は、ご連絡お願いします。

(注)この「一覧」は、1997年の時点でのものです。当時すでに逝去されている方は掲載しておりません。その後、亡くなられた方については、そのまま掲載しています。この年、52人の方がおられましたが、すでに多くの方...

下で10月に長文ご紹介した全共闘運動50周年を記念した刊行物が出来上がって、私の手元に届いた。もう50年も前のことなので、関心を持って頂けるか覚束ないが、よかったら入手して読んでやって下さい。下に書いた「東京教育大学」発足時の問題や、移転反...
04/11/2018

下で10月に長文ご紹介した全共闘運動50周年を記念した刊行物が出来上がって、私の手元に届いた。もう50年も前のことなので、関心を持って頂けるか覚束ないが、よかったら入手して読んでやって下さい。
下に書いた「東京教育大学」発足時の問題や、移転反対闘争の裏面史などが浮彫りにされています。B5判55頁。
送料込みで500円です。発行所のフェニックス社(080-3434-5301)にご注文頂ければ、冊子と一緒に郵便振替用紙が送られます。
私たちの座談会1ページ目1行目に、文字化けでもあるまいに、不思議な間違いがあるけど、容易に判断できる。ご愛敬ということにしましょう。

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