梅花女子大学食文化学部

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14/06/2020

5.23毎日新聞の書評ジャック・アタリ『食の歴史』(プレジデント社2020)、松原隆一郎:「乾燥パスタはイタリア生まれではなく、旅するアラブ商人が携行していたものがシチリア経由でイタリアに普及した」とある。文化麺類学を提唱した石毛直道先生が探し求めた東の麺と西のパスタのミッシングリンクをほらこれだよとあっさり示してみせている感じだ。

14/10/2019

茨木市民のみなさん。樋口尚文監督『葬式の名人』完成おめでとうございます。川端住居の近くにあった梅花短大(梅花女子大に統合・廃止)国語科に「川端の唯一の弟子を称した」桝井寿郎先生がいらっしゃった。谷町4丁目にあった魔法瓶問屋の長男だった。家の渡り廊下で同級生の筒井康隆と駆けっこしたりした。文芸誌への投稿に田辺聖子さんから男名前の手紙をもらったことがある文学青年だった。甲南大学に進んだが親に無断で文学部に転部した。入門をはたすため何度も鎌倉の私邸に何度も通った。手土産は鮨萬の小鯛雀鮨で、川端は他の来客が持参したサバの姿ずしやバッテラなどにはめもくれず上がり框で桶を抱え笹の葉がついたままの雀鮨をほうばっていたという。さて、桝井青年の弟子生活だが、大学卒業後まもなく家業がゆきづまり、倒産に追い込まれ、急遽、家業を継ぐことになった。川端に報告すると、西鶴を読みなさいといわれた、「商売のヒントはすべて西鶴にある」と。桝井さんは西鶴を読み込んで、ハーフサイズの魔法瓶を思いついた。当時の夜行列車では喫茶用の魔法瓶が貸し出されていたらしい、駅弁とともに売られた茶の容器も陶製で、飲みきりではなく湯を注ぎ足して使うものだった。ハーフサイズはホテルなどからも引き合いがあり大成功となった。この成功で負債を完済し、経営者になる気はないので自宅を貸しビルに建て替え、会社も清算した。西鶴分学会を創設した。

29/11/2018

2025ばんぱくが大阪に決まったが、ばんぱくは大阪弁なのだ。つくばや愛知では「ばんこくはく」や「エクスポ」であった。千里でなんかごっつい工事してる、子どもが月の石を見たがって、その催し物を「ばんぱく」ということが徐々に知られ始めた。コメの生産量が国内需要量に達し「減反」政策が導入された。農協が旅行業の資格を取得した。その需要をまかなうため滋賀県や茨木・高槻にホテルができた。「ノーキョー」の名を世間に知らしめた。翌年からは海外展開を図った。日本の食がコメから離れていく転換点であった。

02/09/2017

『旧約聖書』のレヴィ記11章には食べてよいものいけないものが記されている。ユダヤ教徒やイスラム教徒が豚を食べない根拠が出てくる。虫を食べてはいけないともいう。だがバッタやイナゴはいいと書いてある。とはいえ翻訳を重ねた名前と昆虫図鑑をつきあわせてもすんなり一致はしない。ひとつだけ大昔と現代をつなぐこの虫の習性がある。干ばつのあと大発生して黒雲のような群れとなり野草も作物も食い尽くす。中国では「蝗」という字をあてる。皇帝のように恐ろしい虫である。ラテン語ではLocustといい「焼野原」を意味する。前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ』(光文社新書2017)は、サハラ砂漠の果て、西アフリカのモーリタニアに出かけたポスドクが就職の手がかりを得る物語である。ウルドは国立バッタ研究所の所長にもらったミドルネームで、結婚や改宗とは関係ない。バッタは密度が高くなると黄と黒のまだらになって集団で飛翔をはじめる。色が変わるのは意味があって、緑色のものをすべて食うのである。コムギやコメやソルガム(コウリャン)を奪われた人々に残された食糧は、とりあえず後続のバッタしかない。だから聖書にも例外が認めてあるのだろう。ところが著者は、食べるわけではなくグリーンのボディスーツを着て群れのなかに飛び込みバッタに食べられようとする。バッタは瞬時に植物でないと判断してスルーしていったのだが、食う/食われるの関係に身を置かなければ自然は見えてこないのだろう。

07/08/2017

オープン・キャンパスを訪れた高校生に食文化学科で取得できる家庭科教員免許を勧めている。5年先もたぶん売り手市場だろう。とはいえ、30年の教員生活を振り返ると制度や待遇が大きく変わった。
高校教師になったころ、退職する大先輩によれば「退職金は家一軒買える額」であった。もちろん土地も含めてである。散髪などにいくと「先生は夏休みがあっていいですね」といわれた。公立の校長には人事権があった。管理職になれば海外研修もあった。そのかわりメンタルトラブルを抱えた教員を自分の異動先に伴う慣例になっていた。今は民間企業の営業所長並みである。
昔は労働省と文部省の密約で、「教員の労働は計測になじまない」から残業手当の対象から省かれていた。教育活動を労働とよぶことに抵抗感のある人々もいた。大阪城にある教育塔は室戸台風で殉職した教員を慰霊するために建てられた。教職は「聖職」ともよばれた。モンスターペアレントもいなかった。体罰も懲戒権に護られていた。今はすべて過去のものとなった。ただし勤務時間についてはブラック企業並みである。

27/07/2017

室町時代にはウナギのすしを「宇治丸」とよびました。フナズシのような馴れずしという説と白焼きを載せた押しずし説がみられます。蒲焼きの語源は串刺しの姿が蒲の穂に似たことによります。夜店のフランクフルトのような形になるので、ぶつ切りにしたと説明されます。ただし『大草流料理書』には「宇治丸かばやきの事。丸にあぶりて後に切也」とあります。保立道久氏の「研究雑記」によると、宇治丸の数え方が「筋」となっていて、長いまま白焼きにしたと推定しています。ぶつ切りでなく、すでに割きが行われたようです。篠田氏の『すしの本』によると、スシ屋より前にウナギ家が江戸前を称したといいます。まだ握りが登場する前だから、上方風の「土用は宇治丸」というキャッチがあっても不思議ではないようです。その後、源内あたりが宇治を丑の日に読み替えたという推測もありえます。今年の土用は7月19日から8月6日で、丑の日が二度あり7月25日のほかに8月6日が「二の丑」になります。

07/07/2017

すしの江戸前という言葉は、篠田統『すしの本』によるとはじめは鰻家が唱えていたようである。幕府は大名に日比谷入江や海岸の土地を与えて埋め立てを進めた。浅草で火事にあった本願寺の移転先も埋め立てで造られ築地とよばれる。築地の地先に、月島、晴海、豊洲、有明、青海という埋立地が次々に生まれた。有明の西にフジテレビのお台場がある。ペリー来航直後に作られた砲台である。レインボーブリッジ・りんかい線・首都高の湾岸線が通じて、湾岸線はTDRにつながる。その南にオリンピックのボート会場がある。東京といえば中心部を山手線でイメージするが、東京は自ら生み出す廃棄物で江戸前の海を埋め立て、今や羽田沖に迫っているのが実態である。怪物都市が自己増殖する先端部で市場や五輪の問題が起こっている。湾岸線の西側にある大井埠頭でヒアリが見つかった。ふるさとのアマゾンに似ていると錯覚しないことを祈る。

13/06/2017

さあ食べようという料理を写してインスタグラムとかFBにアップするのは日本人に特有らしい。まあ日本人は和洋中にエスニックとか食べるジャンルが幅広くて、それぞれの分野にも好みがいくつもある。そんな体験もふまえて自作する人は、コラボもすれば創作もする。お弁当ではビジュアルに凝ってしまったりする。むろん映像では味が伝わらないけれども、思い込みだけでもシズル感の演出にいどんでみる。いわば茶道でいう「一期一会」の表現なのだ。それなら写真などとらずにひたすら賞味に集中すればいいともいえるが、幕末に桜田門外の変で討たれた井伊直弼はさらに深めて「独座観念」を提案している。宗観という茶名を持つ茶人で、客人を見送ったあとじっくり出会いを思い浮かべるのがよいという。料理の写真は、写した本人がその場の楽しさをよみがえらせているのだから、その境地に近づいているともいえる。食べ終わった後を写してもよい。骨だけのアユとか、肉汁がかすかに残る洋皿とか。お医者さんは残せというが、スープを飲み干して九条ネギの破片がわずかに残っているラーメン鉢とか。「一期一会」って、素人からいえば、もう一度食べたいっていうことですから。

08/06/2017

巨人ファンには悪いが、藤井聡太くんは23連勝達成。勝負めしが話題になって一覧表も出ている。関西将棋会館はJR福島駅の北側にあって、1階にレストラン「イレブン」とカフェダイニング「サーレ&ぺぺ」入っている。藤井四段はイレブンから「エビフライ・クリームコロッケ盛合せ」や「珍豚美人(ちんとんしゃん)」、「豚ロース肉しょうが焼き」をとっている。ほかに小雀弥(こがらや)福島店から「黒毛和牛カレーうどん」「冷たいぶっかけそば」「うどん定食特製卵かけうどん」がある。定食のうどんには揚げとだし巻きが乗っていて、卵かけには天かすと海苔が入っている。大阪市内に8店舗ある。松屋町の店で「茶美豚カレーうどん」、「はりはりうどん」などを食べたことがある。

17/05/2017

テレビ朝日、羽鳥のモーニングショーでアニキサスの中毒が増えていると報じていた。渡辺直美さんはスシで感染し「病院で泣く」ほど痛かったという。『寄生虫図鑑』(飛鳥新社2013)によると最終宿主はクジラで、20センチほどになる成虫が胃に張り付いているが、クジラは平気である。ここで卵を生み、卵は糞とともに海中に出てアミが食べる。アミを魚やイカが食べ、それを大きい魚が食べクジラに至るという食物連鎖をなぞっていく。このサイクルにヒトは後から手を突っ込んだから中毒になっても仕方ないというのが『図鑑』の見解である。ウォルドバウアー『食べられないために』(みすず書房2013)は昆虫が変装したり毒を持ったりするというが、寄生虫は食べられて増えるという逆転の発想で活路を見出した。

14/04/2017

4月28日の探偵ナイトスープに食文化の学生が出演します。乞うご期待。

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072-643-6221

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